空を拓く 郭茂林の仕事

郭茂林が手掛けた超高層ビルの数々

霞が関ビル

霞が関ビル

1968年竣工。156m、36階。柔構造理論の確立、高度制限の撤廃とそれに代わる容積率制度の施行、各種材料及び施工技術の開発などが相俟って実現した日本初の超高層ビル。

世界貿易センタービルディング

世界貿易センタービルディング

1970年竣工。162.59m、40階。貿易立国を目指す当時の日本の象徴。羽田空港へと結ぶモノレール、長距離バスターミナルなど交通結節機能を備える。

京王プラザホテル

京王プラザホテル

1971年竣工。179.55m、47階。新宿副都心にできた、日本初の超高層ホテル。

新宿三井ビルディング

新宿三井ビルディング

1974年竣工。223.6m、55階。新宿副都心にできた55階を超える超高層ビル。

池袋サンシャイン60

池袋サンシャイン60

1978年竣工。239.7m、60階。サンシャインシティー(池袋副都心再開発事業)に建つ日本初の60階を超える超高層オフィスビル。1991年に都庁第一本庁舎に抜かれるまで、日本で最高の地位を保つ。

新宿副都心

新宿副都心

東京都が区画した土地を取得した民間地主11社の組織する新宿新都心開発協議会(SKK)の主査として、建築協定(1971)を締結し、初めて超高層ビルが建築群として立ち並ぶ秩序を確立した。区域面積56ha。

台湾の超高層ビル 都市開発
第一商業銀行本店ビル

第一商業銀行本店ビル

1981年竣工。22階。足回りに公開空地を持つ現代超高層建築の原型を提示した、台湾初の鉄骨造超高層ビル。

台湾電力ビル

台湾電力ビル

1982年竣工。27階。台湾で初めて100mを超えた超高層ビル。

國泰生命保険ビル

國泰生命保険ビル

1987年竣工。27階。台湾の大手生命保険会社の本社ビル。経営者の蔡萬霖氏(故人)は世界の富豪番付(Forbs 1996)第5位にランクされた事もある。

新光生命保険ビル

新光生命保険ビル

1993年竣工。51階。もう一つの大手生命保険会社の本社ビル。台北駅前にあり1階から14階までは日本の三越と合弁したデパートとなっている。色彩は台湾・日本を代表する花、梅と桜の色の組合せとしている。

台湾セメントビル

台湾セメントビル

1998年竣工。14階。台湾の名門企業の本社ビル。台湾財政界の重鎮であった経営者の辜振甫氏(故人)の要望で、京劇の上演ができる多目的ホールを内蔵する。

霖園金融センタービル

霖園金融センタービル

2003年竣工。21階。國泰生命グループの金融センタービル。外観はクラシックだが、先端設備を備えマイクロソフトなどのIT企業が入居している。

信義副都心

信義副都心

1978〜80年構想計画作成。153ha。李登輝氏が台北市長の時代に郭茂林が構想案を作成した台北の副都心。市役所を中心に、世界貿易センター展示場・台北国際金融センタービル・大企業本社ビル・新光三越デパート・WBシネマコンプレックスなどが、歩行者専用モールに沿って立ち並び、台北随一の業務・商業地区に成長した。

台北駅地区の再開発

台北駅地区の再開発

1971年に台北駅と鉄道を地下化して、地上の空いた土地を有効利用することを提案。18年後に駅と鉄道の地下化が実現し、現在 空いた土地の建設計画が進行中。

OTHERS
戦後復興のための公共建築標準設計

戦後復興のための公共建築標準設計

1950年頃。戦争直後の東大研究室助手時代、国も要請で病院、学校、住宅等の標準設計を吉武泰水助教授とともに手がける。この住宅の標準設計から、公営住宅の「ダイニングキッチン」「2DK」が生まれた。

超高層住宅研究会

超高層住宅研究会

1971〜72年。実現させた超高層オフィス建築の次の課題として超高層住宅に取り組み、250m、78建てのモデルプランを作成(11.2ha、 1872戸)して、超高層住宅の諸問題の先駆的な検討を行った。

サンシティ(板橋)

サンシティ(板橋)

1980年完成。20階を超える高層住宅が初めて複数棟建つ大規模住宅団地。足元のオープンスペースの緑は、30年を経て森になった。

船橋ららぽーと

船橋ららぽーと

1981年開業。日本初のショッピングモール。延長400m超。郭茂林は超高層だけでなく、日本一横に長い建築もつくった。

霞が関ビル

2度の受賞歴

霞が関ビルは43年の月日を隔てて2度、日本建築学会業績賞を受賞している。1968年:霞が関ビルの建築計画と一連の技術開発。2011年:霞が関三丁目南地区における都市広場「霞テラス」を核とした官民一体の再再開発。

台北駐日経済文化代表處

台北駐日経済文化代表處

1989年竣工。中華民国(台湾)の大使館に相当するオフィスと公邸建築。所在地の白金の地名に因み、白タイルを基調に軒に金の帯をアクセントとするデザイン。隣接する自然教育園の地下水脈にも配慮した。

石原慎太郎氏と台湾地震視察同行 「私、台中の地震が起こった時に、李登輝総統(当時)から視察を頼まれて、郭茂林さんという、都庁の前の京王プラザを設計した台湾出身の有名な建築家と一緒に行きました。台中の非常に被害の多い街路を歩いていて、 あそこは暑いもんですからね、2階が張り出して、1階が通路になってアーケードみたいになっているんですけど、同じようなつくりの建物で、倒れているのがあったり、なかったりするんですよ。『どうしてこんなになるんですか』と言ったら、郭先生が、折れた柱を見て『石原さん、これを見なさい。規格だと10本位なきゃいけないのに、鉄筋が5~6本しか入っていない。手抜きだ』と言っていました。『これは監督不行き届きで行政の責任。きちんとやらなきゃだめだ』ということを、台北に帰って一緒に会食したときに、李登輝さんに、割と激しくね、郭先生が進言して、私、傾聴していましたけどね」(H18.1.20 及びH20.5.23 知事記者会見より抜粋要旨合成)

台湾地震

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